2020年01月31日

No..2832マネジメント(上)#20成功物語306L2【アッベは世界で最初の物理学者の発明家だった。彼は精密レンズの制作にイノベーションをもたらしたA】P.F.ドラッカー連続投稿世界一 2,832日目感謝!!

"エルンスト・アッベについて。その2

@アッベは、テイラーと同じく「仕事の分析」を行った。光学ガラスを製造し、それを精密レンズに加工するうえで必要なプロセスを分析し、この2つのプロセスを統合した。アッベのレンズ工場は、まさにフレキシブ大量生産そのものだった

Aしかし、ヘンリー・フォードが行ったような仕事の組み立ては行わなかった。仕事を組み立てる「責任」は、実際に仕事をする人たちにもたせた。理論とスキルを説明し、彼ら自身が仕事を組み立てることを求めた

B大卒の科学者や技術者の助けを得た技能者たちに、「機械とツール」の開発に取り組ませた。ツァイスが長年の間世界的な独占を享受した裏には、働く者たち自身が設計し改良した「機械とツール」があった

C「継続訓練」を導入した。マイスター制度は親方のもとでの訓練と学校での教育を組み合わせるものだったが、これに加えて体系的な「訓練講座」を開き、在職中ずっと参加させた

D彼は「自身の仕事をマネジメントせよ」と繰り返し、自分の製品や仕事について情報のフィードバックを必要としていると考えた

Eツァイスには正式な雇用保障はなかった。しかし、業績をあげることを学び、意欲あることを示せば、景気変動に関わりなく雇用は保障された

Fアッベの遺言で所有する全株式をツァイスに働く者全員を受益者とする財団に贈った。これにより働く者の収入が増えたわけではなかった。財団は働く者の福利厚生のために資金を出した。従業員のニーズに応じてきめ細かく実施したため、意味ある福利厚生となり従業員の助けとなった" https://yaplog.jp/happpykarate/archive/131
posted by 剛 at 06:36| Comment(0) | ドラッカー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月30日

No..2831マネジメント(上)#20成功物語306L2【アッベは世界で最初の物理学者の発明家だった。彼は精密レンズの制作にイノベーションをもたらした】P.F.ドラッカー連続投稿世界一 2,831日目感謝!!

"このあと「だが実はアッベの最大の偉業は、発明や事業ではなく、働くことと働く人のマネジメントにあった」と続く。

まずは、「アッベ」こと物理学者エルンスト・アッベについて紹介。

ドラッカーによれば、19世紀のドイツ経済の興隆期において、光学産業が果たした役割は大きいそうである。

1890年(明治23年)、ドイツの精密光学が世界市場で事実上独占的な地位を享受していた。

第一次世界大戦で独占こそ破られたが、第二次世界大戦まで支配的な地位は保ち続けた。それは、イエナのカール・ツァイス社のおかげだった。

そのカール・ツァイス(1816〜88)自身も、偉大なイノベーターだった。彼の最大の貢献は、産業は科学を基盤とすべしとの信念だった、とドラッカーは言う。

ツァイスは、レンズ製作を家業とする職人だったが、若き物理学者エルンスト・アッベ(1840〜1905)と手を組んだ。そして、1888年(明治21年)にカール・ツァイス社を引き継いだのがアッベだった。

""However, Abbe's greatest achievements weren't in inventions or businesses, but in working and managing workers.""First, I will introduce the physicist Ernst Abbe, Abbe.According to Drucker, the optics industry played a major role in the rise of the German economy in the 19th century.In 1890 (Meiji 23), German precision optics enjoyed a virtually dominant position in the world market.Although the monopoly was destroyed in World War I, it remained dominant until World War II. It was thanks to Carl Zeiss in Jena.Carl Zeiss (1816-88) himself was a great innovator. Drucker says his biggest contribution was the belief that industry should be based on science.Zeiss was a craftsman whose business was lens making, but he teamed up with young physicist Ernst Abbe (1840-1905). Abbe took over Carl Zeiss in 1888 (Meiji 21)." https://yaplog.jp/happpykarate/archive/131
posted by 剛 at 07:17| Comment(0) | ドラッカー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月29日

No..2830マネジメント(上)#20成功物語302L6【日本の雇用制度は、経済的な視点から見ても欧米のそれとは異なるA】P.F.ドラッカー連続投稿世界一 2,830日目感謝!!

"ドラッカーは、「日本的経営では強力なリーダーを育てているようには見えない。(中略)わずか20年の間に、世界第2位の経済大国を築いた独立心に富む攻撃的なトップマネジメントが、そのような土壌で生み出されたとは信じがたい」と述べている。

・しかし日本では、ほとんど解雇されず、最初の25年は年功序列によって昇進するため、若い知識労働者の面倒を見、育てることがマネジメントの第一の責任とされている

・そのため、若い知識労働者が放っておかれることはなく、自分自身や組織のことについて質問や疑問をもっていくべき相手、願望や期待をもっていくべき相手がいる

・彼のことを気にかけてくれる人間、組織の仕組みに明るく、彼らの道をならし、手をとり足をとりしてくれる人間、完全秘密のうちに効き目ある懲戒を行うことのできる人間がいる
としている。

そして、
・日本の組織ではあらゆる階層において、意思決定の責任を分担することが期待されている。すなわち、組織全体の観点から考えることが期待されている

・意思決定のプロセスそのものではなく、意思決定を考えることへの参加である。権限ではなく責任による参加である

これが、わずか20年で世界第2位の経済大国を築いたトップマネジメントを生んだ日本の組織であり、日本の基本的な信条と価値観を反映したものである。

" https://yaplog.jp/happpykarate/archive/131
posted by 剛 at 06:51| Comment(0) | ドラッカー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする